愛という形 第2話

「えっと、、、、、こっちかしら?」
リンドブルムとギザマルークの洞窟を結ぶ街道の東、南ゲートにほど近いリンドブルム領の山のふもとに、小さな村があった。
霧が消えた今、それほど危険な地ではなくなったここに移り住んできた少数の人達によって起こされた村は少しずつ拡大し、今ではこうしてある程度きちんとした形となっている。
そんな場所で、小さな紙切れを片手にした少女が歩いていた。
彼女は手にしたメモに記された場所に向かおうとしているのだが、何しろそこは初めての場所であったし、既に自分がどこにいるのかもわからなくなっていた。
「もう、、、、この地図がわからなすぎるせいよ、遅刻じゃない」
待ち合わせに約束していた時間など当に過ぎていた。
だが、彼女はもう急ぐことさえせず、手にしていた地図をくるくると丸めてしまうと、そこにあった民家の壁に寄りかかった。
どんなに足を速めてみても、道がわからない以上目的地にたどり着くことは出来ないからだ。
「困ったなぁ、、、ほんとにもう、、、」
後は文句を言うことしか出来なくなってしまった彼女は所在無げにため息をつくと、歩き回って疲れた体から力を抜いてしまう。
壁に寄りかかったまま顔を上に向けると、高い高い空に鳥が飛んでいた。
浅黒い影は円を描くようにくるくると街の上を回った後、海のほうへ飛んでいく。
海鳥の姿が見えなくなると、それを追って上を向いていたがために無意識に開いてしまっていた口をダガーはゆっくりと閉じた。
そして、その唇の隙間から漏れるのはため息。
「はぁ、、、、、、、、、」
「おい、、、『はぁ、、』じゃないよダガー、、、、」
その時、後ろから自分の名前を呼ばれ、彼女は振り返った。
そこに立っていたのはダガーの待ち合わせ相手。
呆れたような声で彼女のため息を咎めた彼は、表情も呆れていた。
「いつまでもこないから探しに来たらこんなとこで、、、。何してんの、、、?」
「迷ったのー。」
「なんで地図持ってるのに迷うんだよ」
「ジタンの地図が下手過ぎるせいですっ」
「えー。ちゃんと書いてあるじゃないかー、ダガーの見方が悪いんだって」
「そんなことない。ちゃんと地図のとおりにきたわ」
約束の時間になっても現れないダガーを探しに来たジタン。
そんな気はしていたが、案の定、彼女は渡した地図の目的地とは正反対の方向にきてしまっていた。
そして彼はあることを思い出してはっとする。
ジタンは、文句ありありの顔で自分が渡した手書きの地図を突き出すダガーが地図の見方をよく知らないということをすっかり忘れていたのだ。
「はいはい、どーせオレが悪いですよーだ。」
彼はダガーが差し出すちゃんと書けているはずの手書き地図を手に取ると、その地図に目を凝らした。
やはり、地図は間違っていない。
だが、地図の見方をよく知らないダガーに地図のみを預けて、目的地へ来い、ということ自体に無理があったのだ。
その無理を言った自分も悪いと思い、ジタンはそれ以上何かいうのはやめる。
文句を言う代わりに、彼はダガーの白い手を取った。
「じゃ、行こうか」
そして、今度こそは目的地にたどり着けるように自分が先に立ち、ダガーの手を引いて歩き出した。

ダガーがせっかく時間をかけて歩いてきた道を逆戻りするようにして、村のはずれから半時ほど歩いたあたり、そこは森の中だった。
秋になったばかりの、まだ僅かに夏の面影を残した強い日光を軽く遮る程度に張った枝の下を二人はゆっくりと歩いていた。
涼しげな木陰道、ダガーはまだこれから向かう先がどこなのか知らない。
ジタンに、見せたい物があるんだ、とだけ言われて地図を渡され、今日はここにやってきた。
先ほどからかなりの距離を歩いているような気がするが、ダガーはずっとこれからどこに行くのかが気になっていた
「ねぇ、見せたい物って何なの?」
ここも村の一部なのか、モンスターを心配する必要もなく、最初はただ森の景色に目をやり、その美しさに感動していたのだが、こうも長い間歩き続けていれば、周りの景色にも飽きてくるし、何より疲労を覚えてくる。
そうして彼女の口をついたのが目的地を尋ねる言葉だった。
「まだ内緒。もうすぐつくからさ。頑張れよ」
ダガーの意を察したのか、質問に答える代わりにジタンは彼女を励ます。
疲れたと露骨に顔にださないようにしているダガーだったが、目に見えてその歩みは減速し、疲労の度合いが如実に現れている。
それを見ていて、たしか下見で一度来たときはもっと早くついたような気がするんだけどな、とジタン自身訝しくなってくる。
「それとも、ちょっと休もうか?」
不安になりそう提案しかけたジタン。
だが、彼がちょっと顔を上げた次の瞬間、あ、と口を開ける。
彼の目に飛び込んできたのは建物の影。
森がひらけ、ほんの少し顔をのぞかせた白い建物が今日の目的地だった。
「着いたみたいだよ」
ジタンの言葉に、ダガーは疲労によって俯きがちになっていた顔を上げた。
彼女の目にも、ジタンのと同じ光景が映る。
予想さえしていなかったその建物に彼女はきょとんとした。
「見せたいものって、あれ?」
「そうだよ」
「教会に見えるんだけど?」
「見てのとおりさ」
びっくりしたように質問をぶつけてくるダガーにジタンは満足げに答える。
振り返った彼女が、自分をここに連れてきたことの意味を図ろうとジタンをじっと見ているが、そのことをわかっていながら、ジタンはただ笑ったまま。
どこか期待を含んだ眼差しを彼女が向けてくることが面白かった。
両手を後ろに組んで、唇に笑みをたたえたジタンは、彼女が聞いてくるまでは何も言わないつもりだった。
ジタンがなぜこの白い教会をダガーに見せたい、と思ったのかを、彼女はうすうす感づいているはずだと思ったからだ。
ダガーは何かいいたげに口を開くが、それだけで言葉を発することはない。
なにかためらっているらしい。
「どお?」
「どうといわれても、、、、。、、、うん、素敵な教会ね」
「それだけかい?」
「、、、、お祈りしてく?」
「そうじゃなくってさ、、、、、、、」
ダガーもなかなか強情なところがある。
わかっているくせになかなかその話題に触れようとはしない。
ジタンも自分からはその話題を出さないようにしていたが、彼女がどこまでも白を切るもので、彼から話を切り出すほかなくなっていた。
「ほら、、、教会って行ったら、、、、アレだろ」
「アレ?ベル?鐘?」
「いや、、、、鐘はついてるけどさ、、、そうじゃなくて」
「じゃあ金?」
「何でそうなるんだよ、、、しかもその言い方は、、、」
「ギル?」
「ダガー、、、、フザけてるだろ、、、、?わかってるくせに」
「わかんないわ。何?」
相変わらずの口調で彼女は尋ねる。
そんなに俺の口から言わせたい?ジタンはそう言いたいのを我慢した。
「とりあえず、もっと近くまで行ってみない?」
教会が見えた、といっても白い壁と黄金色の十字架がわずかに木々の間から顔を出した程度である。
教会にはまだ入ってもいないのだ。
ダガーをここにつれてきたことの意味を話すのは、もうちょっと教会の中を歩き回ってからのほうがいい。
そう判断したジタンは彼女のしぶとさに苦笑いして教会を指差した。


予想していたよりもはるかにこぢんまりとした教会だった。
しかし、小さく無駄がないながらもそのつくりは基本的に豪華で美しい。
ここの所在する村の歴史の浅さと相関しているため、新しさによる綺麗さもあるだろう。
ダガーは教会の最前列に座った。
ずらりと並ぶ木の椅子も美しく磨かれて光っている。
彼ら二人以外、他に誰もいない教会。
彼女はそっと手を組むと、目を閉じて前方に大きく祭られた神に祈る。
ジタンは、急に祈りだしたダガーのために声をかけずに、彼女の後ろの席に座った。
彼の目的は祈りをささげることではない。
「ジタン、他に誰もいないのはどうしてなの?」
もう祈り終わったのか、それとも祈りをささげるふりをしてみただけだったのか、ダガーはすぐにジタンを振り返った。
「立てられたばっかりなんだよ。まだ一般開放されてない」
「そ、そんなところに勝手に入って大丈夫なの?」
「勝手に入ってるわけじゃないよ、了承は得てあるから」
「あ、そう」
見上げた天井は高く、白い塗装はその清廉さを与える。
小さな教会の最前列席で、天井を見上げてのけぞるダガーの顔を、ジタンはひょいとのぞきこんだ。
「で?ご感想は?」
「何の感想よ?」
「まだ言うか?」
両サイドの壁を彩るのは、それぞれ神を映し出した8枚のステンドグラス。
色とりどりのガラスが、白い壁のおかげで引き立ち、透明感溢れる神々は静かにたたずんでいる。
「こういうとこがいいと思わないかい?」
顔をのぞきこんでくる彼がにっこりと笑ったので、ダガーはなにが?と怪訝そうな顔をした。
村から離れた森の奥、しかも他に誰もいない教会とあっては聞こえてくるのは木々のすれる音と、時折小鳥がさえずる声のみ。
ジタンはしょうがないなぁ、と困った顔をして見せて、ようやく言うべき言葉を口にした。

「結婚式をあげるなら、こういうとこがいいと思わない?」

それは、ジタンが見せたいものが教会だったと知ったときから、ほんの少しだけ頭の片隅をかすめていたことではあった。
しかし、ダガーは、そんなことは決してあるはずがない、とすぐにそれを打ち消していた。
その一瞬、彼女はジタンの言葉が冗談なのかとも疑った。
だが、彼の笑顔が、いつもの冗談を言う調子ではなく、僅かに照れていて、そしてなにより純粋だったことを、ダガーが気づかないはずもなかった。
「ほん、、、、、、、、、」
夢かもしれない。
そんな考えが頭の中を駆け巡り、それと同時に夢ではないと信じる心がダガーの心臓を高鳴らせる。
ジタンの言葉が意味するものが本当かどうか、彼に尋ねようとした声は上ずって裏返っていた。
「本気でいってるよ」
ダガーの上ずった声が言葉を最後まで紡ぐ前に、その心をくみ取ったジタンは答えた。
こんなときに彼女がいうだろう台詞など、ありふれていて予想することなど簡単。
彼が気になるのは、彼女の台詞などではなく、その後にする反応。
内心はどきどきなのだったのだ。
拒否されるかもしれない、と。
「ここで、結婚式あげちゃわない?」



二人は結婚なんて出来ない、という大前提を覆され、戸惑っていたダガーにジタンは笑っていった。
国民に公式発表して婚姻を結ぶことは、自分のあり方を壊してしまうから出来ないが、
こうしたひっそりとした小さな教会で結婚式だけを挙げることは出来るのだ、と。
やっぱり、正式に、とはいかない。
それはわかっていたことだったから、ダガーは納得した。
ジタンが自由な生き方を捨て、アレクサンドリアの王になる、ともし決めていたなら、神前の儀はこんな小さな村の教会でやるわけがないし。
また、ダガーに女王の椅子を降りて自分と一緒になることを望んでいたなら、教会に連れて行く前にその話をしてくるはずだ。
ジタンがやりたかったのは、仲のいい奴らだけを集めてひっそりとあげる結婚式。
それでもダガーは嬉しかった。
彼が本気であることがよくわかったから。
フライヤの結婚式に憧れた自分のために、彼が一生懸命考えて提案してくれたことだったから。
それが正式じゃないとしても、よかった。



店内に空気の流れを起こすための大きなプロペラが、ゆっくりと天井で回る。
アンティークな木のつくりの店内は、たばこの煙で靄がかかったようにぼやけていた。
アレクサンドリアに所在する、通なもの達ばかりが集まる路地裏に隠れたバー。
何かあるたび、ここにやってきてはブランクと一杯ひっかけながらあれこれ語り合うのがジタンのパターンだった。
立ちこめる煙に、薄く滲むオレンジ色のライトの中、このバーの一番はじのカウンター席二つが彼らの指定席。
壁側がジタン、その右隣がブランク。
二人とも既にグラスを開け、円筒形のガラスの中には美しく削られた透明の氷塊が残っているのみ。
「明日なんだよなぁ、、、」
ロックを追加したブランクがいかにも他人事といった感じで呟いた。
その一言に、アルコールを追加するでもなく、ただグラスを手に取ったジタンは深く頷く。

今夜は、結婚前夜というやつ。

結婚前夜はセンチメンタルになる、と一般的にいわれるが、どうやらそれは本当らしい。
何やら得たいの知れない神妙な感情が沸きあがり、ジタンの口数は減っていた。
「明日二日酔いとかで恥じかくなよ?」
「言われなくても」
冗談めいた調子で忠告してくる盗賊仲間とは違い、ジタンはおちおち酔ってなんかいられなかった。
緊張のためかもしれない。
既に、いつもなら心地良くなっていてもおかしくないはずのアルコールを摂取していたが、一向に酔う気配がないのだ。
「なーんか、信じられねーな。お前が結婚だなんてよ」
正反対に気分をよくしたブランクはけらけらと言う。
ジタンは肩をすくめた。
「信じられるとか信じられないとか、そんな言うほど大袈裟なもんじゃないよ。結婚のマネごとを内輪でやるだけなんだし」
「とかいって、ジタン。お前が一番緊張してんだろ」
「………」
「それに、、、明日の式はダガーにとってはかなりの重大事だし。結婚のマネごと、とかくだらないこと言ってるとダガー泣くぞ」
思わず、う、とうめくジタンをブランクが笑う。
前に一度、あったのだ。
ジタンが余計なことを口走ったがために、ダガーに涙を流させた、ということが。
それも、このバーでこんな風にブランクと飲んでいたときに起こったことだった。
思い出さずにはいられない。
苦い顔をするジタンはすかさず毒づいた。
「もうやだ。ほんとやなこと思い出させやがって。ブランクとはもう飲まない。」
「冷たいこというなよ〜」
たばこの煙たさに無意識にブランクが顔をしかめた。
そのせいで彼が怒っているように見えたのは、これはまた自分が感傷的になっているせいなのだろうとジタンは思った。
ほとんど水と化してしまったグラスの中身に口を付け、ジタンはグラスを置いた。
そして、にやにやしたブランクの視線とぶつかる。
「で?本当のところはどうなんだ?実は明日が楽しみでわくわくかい?ジタン君」
「よくわからないよ」
「あ、そう。つまんない」
「っていうか楽しむなよ」
無理な話だな、と呟くブランク。
ち、などとそれに舌打ちするジタン。
そして、特に何か喋る事柄もなくなり、しばし二人は黙り込む。
ジタンはかけられているレコードに耳を傾け、静かに目を閉じた。
流されているのは悲しげな旋律。
今日のような日に限って、なにかそのメロディーに共感せねばならぬような曲がかけられていることに、彼はため息をついた。
それがどれほどの沈黙だったか、二人が深く考えることはなかったが、ブランクがまたもグラスの中身を空にするには充分な時間だっただろう。
ひとしきり沈黙が続いた後、ブランクが思い出したかのように口を開いた。
「あんな娘が相手でも大丈夫なのかよ?」
「はい?」
いきなり過ぎて、一瞬何のことだかわからなかった。
急にダガーのことを『あんなこ』とは。
多分、そんな言い方をしたブランクの心理を捕らえるのは難しいだろう。
ただ、うまく表現できないが、彼は彼なりに客観的な立場に立ってそれを言ったためではないかとジタンは考える。
だから、彼はわざと冗談で答えた。
「初夜は任せろよ」
「……………………………………下劣」
「うるせ」
「オレが言ってんのはそんなことじゃなくてだな。女王様なんかと結婚して平気なのかってこと」
「『女王様なんか』とはなんだ。」
「ジタン、、、、真面目に聞けよ」
「あい;」
「マネごとのつもりで結婚したら、実はお前がアレクサンドリアの王になっていた、っていうのは勘弁だぞ?」
「ありえないなー、それは」
「万が一にでもそんなことになったらオレはもう一生この国の地は踏まない」
「なんでよ?」
「ジタンが王の国なんて、フザけてるにもほどがある。そんな信用ならない国にはいられないからな」
「しど〜い」
「(オラっ、真面目に聞けっつの)」
「すまん;;」
「冗談を言ってるんじゃない。全くもってありえない話ではないだろ?」
いつにもなく真剣みを帯びたブランクの目。
ジタンはそれを避けるように目をそらした。

「心配してるんだ。お前にとっては、窮屈なことだろ?無理すんじゃねえぞ」

最初に『なーんか、信じられねーな』と笑ったときとはだいぶ違う圧迫感のある声でブランクは言い放った。
それになんて答えるべきか、ジタンが考えていたとき、
「まーた、こないなとこで飲んで、、、、」
聞き覚えのある女の声と、その独特なイントネーションの言葉とに、二人は迷うことなく振り返った。
彼女の生まれたところで使われていた変わったなまりを持つ言語は。
それはこの辺ではあまり耳にするものではないため、それを使いつづけている彼女の話し声は少しでも聞けばすぐにわかるものだった。
「なんだ、ルビィか、、、、」
振り返る前から彼女が誰かなんてわかっていたのにも関わらず、改めてがっかりしたかのような口調でジタン。
失礼やなぁ、と眉を吊り上げるルビィはブランクの隣に座った。
そしてカクテルを注文するとブランクをはさんで反対側に座っているジタンに笑いかける。
「いよいよ明日やな、やっぱ緊張とかしてるん?」
「してるわけないやろ」
「ジタン?それ、うちの真似のつもり?」
ルビィの口真似は、しても本人に似ていないと非難されることが多い。
ジタン的にはイケているのではないかと思っているのだが、ネイティブから聞くと全く違うのかもしれない。
結局今回も、全然似てない、という風にルビィは首を横に振っただけだった。
「『してるわけないやろ』とか言いつつ、すっげー緊張してるぜコイツ。さっきから全然酔わねーの」
ブランクが笑いながら肘でつついてくる。
それを見て僅かに微笑んだルビィに、注文していたカクテルが出された。
彼女はその綺麗な色をした液体に視線を落とした。
そしてまるで何か独り言のように呟く。
「なんや、信じられへんわ」
「さっきから誰かさんと似たようなことばっかり言うよね、、、、、」
ブランクの台詞をそっくりそのまま借りてきたかのようなルビィの言葉。
だが、彼女が呟いたその言葉は、ブランクが言ったそれよりもはるかに寂しさを含んでいるような気がした。
最初に店に入ってきたときと、全然違った、儚い諦めみたいな笑みを浮かべた彼女に、男二人は顔を見合わせた。
「な、ジタン。あんた知っとった?」
「なにを?」
ルビィが足の細いカクテルグラスから目を離すことはない。
「うちな、ほんと、ちょっと前まで」
ふとすれば聞こえなくなってしまうような篭ったルビィの声。
その彼女の言おうとしていることを早くも悟ったブランクが、視線を落とした。
そんな二人の横顔を見ていたジタンは思わず焦った。
「あーストップ!オレをからかうつもりならこれ以上なんか言うのはやめてくれよ」
焦った、とはいっても、彼の表情にも声にも、そんな気配、微塵も出ていなかったが。
「そうやないって。うちが言っておきたいのは」
「嘘嘘。絶対オレのことからかう気だね。もうー、そろそろオレは帰るよ。明日二日酔いで式を台無しにするわけにもいかないし。これ以上からかわれたくないし」
なんて早口なんだろう。
自分でも驚くくらいだった。
それというのも、それ以上ルビィに言葉を紡がせたくなかったから。
今、彼女に喋る隙を与えてはならなかったのだ。
バーテンにツケておいてもらうように頼むと、ジタンはすばやく立ち上がった。
が、思わぬところでそんな彼を阻むものがあった。
「待て」
ブランクがジタンの裾をつかんだのだ。
その、思いもよらないその行動にジタンは驚き、次のアクションが取れなかった。
まさブランクが止めてくるとは思わなかったから。
これ以上ルビィに話をさせてはいけなかった理由の一つに、ブランクがこの場にいる、ということがあったのだ。
「まだ話してんだろ、最後まで聞いていけ」
「お、おい」
呆気にとられているうちにジタンはまた席に戻されていた。
恐る恐るルビィに目をやると、彼女は口元に笑みを浮かべてグラスに目を落としたままだった。
「うちはジタンが結婚してしまう前に」
「別に、今言わなくたっていいだろ」
「伝えておきたいんや」
「オレ、疲れてんだよ。だから早く帰らしてほしいわけ」
「うちは」
「明日寝坊したら困るしさぁ」




「うち、ジタンのことが好きやってん」




「――――――――――――」
胸元を抑えつけられたみたいな、そんな苦しさがあった。
決してジタンの顔を見ないルビィが、本当に哀しそうに笑うのだ。
言葉に詰まる。
「冗談はやめてくれよ〜」
無理やり搾り出した言葉がこれだった。
心苦しさに、顔が引きつっていたことは間違いないだろう。
「卑怯!あんたそないなこと言って逃げてばっかりやんか!」
急に声を荒げたルビィがようやく顔を上げてジタンを見る。
くっきりとした二重の目が、睨んだ。
機嫌が悪いときに彼女がよくする、その鋭い瞳に、ジタンは顔をしかめた。

知ってた。

本当は、知っていた。
ルビィが自分に好意を抱いているのではないか、ということ。
気づいてた。でも、知らないふりをしてきた。
怖かったのだ、自分ではルビィの期待にはこたえられないから。
彼女を傷つけることが。ただの盗賊仲間、という楽な関係を壊してしまうことが。

怖かったんだ。

「別に逃げてるわけじゃない」
あまり出ない声で呟いたジタンは隣のブランクに目をやった。
さっきから、ブランクは何も喋らず、何も反応しない。
そのわけさえも、ジタンは知っていた。
ブランクは、ルビィに、仲間や友人そんな関係以上を望むような感情を抱いている。
会えば喧嘩、とか犬猿の仲、とか、よくそんな風に言われていた二人だが、実はその奥に特別な想いがあるとジタンは信じている。
だからこそ、二人には仲良くなってほしかった。
それゆえ、ルビィに今、ブランクの耳に入るこの場所では、自分に対する想いなんて告げてほしくはなかったのだ。
もちろん、ブランクがルビィの気持ちを知らなかったわけではない。
ルビィの行動では誰の目にも明らかだった。
だが、今この場で、率直にその現実を見ることはブランクにとってあまりにも悲痛なことなのではないかと思ったのだ。
その証拠に、ブランクは俯いたまま微動だにせず、相当こたえているように見受けられる。
「逃げてるのと違うんやったら、なんやの!?ねぇ!?」
「………」
「どうして何もいわへんの!?何とか言ったらどやの!?」

「女の子とは争わない主義なので」

本当は苦しいのに、どこまでも普段どおりの、流してしまうみたいな口調のジタン。
どこかで、ジタンが自分の言葉を避ける理由がわかっているルビィは唇をかんで俯いた。
申し訳ないと思う。ひどいと思う。
はっきり断る、とか。そういうことをしないのが一番残酷だってこと。
わかっているのに、これ以上誰かが哀しそうな顔をするのを見ている勇気が、なかった。
「なんだよ、男はいいわけ?」
そんな中途半端な優しさに、反発してきたのはブランクのほうだった。
ずっと黙っていた彼がぐるりと首をひねり自分のほうを睨んできたことに、ジタンは躊躇した。
寡黙だった者が急に口を利いたときほど凄みのあるものはない。
それは多分、大切に想う者を傷つけられたことへの怒りからきたものなのだろう。
「いいよ別に、世界中の野郎どもは全部オレの敵だし」
結局そんなことを返したジタン。
ブランクは納得いかなかったようだった。
「じゃあ、俺は男だし言わせてもらうけど、もうそれ以上ルビィに対してはっきりしない気ならオレは」
「もうええねん」
殴りかかるような勢いでジタンを責めるブランクの言葉をとめたのは、ルビィだった。
照れたような笑顔。
彼女が笑っていたことに驚いたのはブランクだけではない。
「もうええねん。ごめん。うち、ちょっと変になってたわ。なんや、同年代の友達が結婚するって言うのに影響されてうちまで感傷的になってしもたん」
ごめんね、となぜか最後だけ訛りのない標準語で謝るとルビィは真っ先に立ちあがった。
「今日はうちのおごり。ジタン、明日は頑張りや」
「お、おう」

「ブランクとルビィはさ、今日はプリマビスタにタンタラスのみんなと泊まるんだろ?」
店を出たところで、ジタンが立ち止まった。
「当たり前だろ、お前の式場へはプリマビスタで行くんだから」
どこか拗ねたみたいな、そんなまだちょっと不機嫌そうな声色でブランクは答え、ルビィがそれに頷く。
そっか、と口の中で小さく呟くジタンは笑顔を上げた。
「じゃあさ、頼む。今夜はオレも飛空挺に泊まらせてよ」
「いいけど、、、。姫のとこには行かなくていいわけ?前夜なのに」
ブランクの言葉に、さっきの哀しそうな影を少しも残さないルビィがちょっと吹き出す。
そんな二人の様子を交互に眺め、ジタンは困ったように黙り込んだ。
何か複雑な事情でもありそうな彼の表情に、ブランクとルビィは顔を見合わせ首をかしげる。
そして、ジタンは何か思いついたかのように笑ってこういった。
「、、、、、、だってほら、お楽しみはあとにとっとくものだよ」




              to be continued
うにゃにゃ
2001年11月02日(金) 22時16分19秒 公開
■この作品の著作権はうにゃにゃ さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
作者からのメッセージはありません。

この作品の感想です。
切ないっっブランクぅぅ〜 ぁこ ■2005年03月29日(火) 19時43分25秒
すんばらしい。 まりえ ■2001年11月04日(日) 22時53分28秒
まちくたびれました!!!そんでもって、早く続きをかいて〜! アオイ ■2001年11月03日(土) 19時40分40秒
戻る
[ 感想記事削除 ]
PASSWORD