I LOVE YOU |
「あ、そうそう」 その天使は何か忘れ物をしたかのように言った。 「ゴールドソーサーのデート、楽しかったね。 私、ずっと忘れない。 クラウドのこと、忘れない・・・」 「え・・・?」 クラウドには彼女の言っていることが良く判らなかった。 そもそも、ここは一体何処なんだ? どうしてエアリスが・・・。 「全部終ったら、また会えるよ・・・」 彼女が遠ざかってゆく。二度と手の届かない場所へと、クラウドから離れていく。 駄目だ、彼女を行かせてしまっては・・・。 「待ってくれ! エアリス!!」 「エア・・・リス・・・」 うわごとのように繰り返し呟くクラウドを、セトラの娘は優しく見守っていた。 精神的エネルギーの波長を同期させ、クラウドの深層意識に潜った。 クラウドの中は思ったとおり、純粋で無垢な・・・とても綺麗な場所だった。 そこへ勝手に侵入し、一方的に話をして出てきた。 私のした行為は謬見に満ちているだろうか・・・? セフィロスにたった一人で挑むなんて、無謀だろうか? それだけの危険を冒しながら、彼女はクラウドを巻き込みたくなかった。 確かに、クラウドにとってセフィロスは倒すべき仇敵である。 しかしエアリスは知っている。今のクラウドでは、セフィロスどころか・・・ 自分自身にすら克てないだろう。そんなクラウドを・・・今は休ませてあげたかった。 それに彼女自身、自分の運命というやつは薄々知ることが出来た。 恐らくは・・・クラウドに会うのはこれが最後であろう。 覚悟は出来ていた。セトラの末裔として、こうなることは正に運命付けられていたのだ。 22年という短い人生ではあったが、最後に彼と出会うことが出来た。 この数日間、本当に幸せだった・・・。 只一つの心残り、それはクラウドと別れること。 仕方の無いこと・・・問題を惹起したのは私の方だ。 クラウドに自分自身との戦いを強いるきっかけを作ったのは、私なのだから。 「ありがとう」 想い出せばキリがない。 湧き上がる想いの柵を断ち、エアリスはクラウドに背を向けた。 「忘れないよ・・・クラウド」 涙が自然と頬を伝う。 それは白い肌を滑り落ち、宿の床を濡らした。 「エア・・・り・・す」 ドアに手を掛けたエアリスの動きが硬直した。 振り向くと、クラウドは起き上がりこそしていなかったが、眼に大粒の涙が光っていた。 どんな困難や苦痛にも決して涙しないクラウドの涙を見たのはこれで二回目。 デートの日、自分の部屋で泣いていた、行き場を無くした子供のようなクラウド。 だから判った。 彼が強がっていること。 ザックスとは、違うんだってこと。 クラウドはクラウドなんだと痛感した。 いつの間にか、本気で『彼に』惹かれていた。 最初から振り向いてくれるとは考えてなかった。 結果的に、こういった別れに終ったのだから、それで良かったのだと思う。 もし消え行く私を想ってくれていたりしたら・・・余りにも残酷過ぎるではないか。 「クラウド・・・」 エアリスは戸惑う。 このままで果たして良いのか? 自分の想いを置き去りに・・・このままで。 微かに動いたクラウドの唇がこう言った。 「行か・・・ない・・・で」 エアリスの涙腺が遂に決壊した。覚悟は出来ている。 ・・・でも怖い。 クラウドともう会えなくなるのが、たまらなく嫌だった。 「やだ・・・ヤダよぉ・・・」 涙でくしゃくしゃになった顔をクラウドの寝ているベッドに埋め、彼女は泣きじゃくった。 幾らセトラだと言っても、彼女はまだ22歳の娘なのだ。 どうして離れなければならないのだろう。 どうして死ななければならないのだろう。 全ては「運命」の一言で片付けられてしまうのだろうか? セトラの娘には一人の女性としての幸せすらも許されないのだろうか? 沈黙に包まれた部屋に、女性の悲しげな嗚咽が・・・只それだけが響いていた。 「ん・・・エアリス・・・?」 突然の声に、エアリスは声を上げそうになった。 「クラ・・・」 「ん? 眼が赤いぞ? どうしたんだ?」 クラウドの手がエアリスの頬に触れた。冷たい、感触。 「え・・・え? どうして? 別になんにもないよ」 本当に嘘のつけない女だと、自分でも思ってしまう。 「何だか、変な夢を見た。もう・・・エアリスに会えなくなる夢」 「えーっ!? 変なの。クラウド疲れすぎじゃないの?」 「・・・」 クラウドは只黙って虚空を見つめていた。 全て上の空といった感じだった。 セフィロスの呪縛から逃れようと必死でもがく青年。 強く、そして弱い青年。 放っておくと潰されてしまいそうな、蒼い眼の青年。 「・・・! エアリス、俺そういえば古代種の神殿で・・・!」 ハッとしたかのようにエアリスに向き直る。 蒼い瞳が、真っ直ぐにエアリスを見る。 それが、とても痛かった。 「え・・・? ああ、気にしないで。セフィロスに操られてやった事だし」 そう言っているにも関わらず、クラウドによって付けられた右腕の傷を隠す自分がいた。 「俺、自分が何なのか、もう判らない。どうなってしまうのか・・・判らないんだ」 弱々しくクラウドは呟いた。 「今まで、とにかく走ってきた。後ろを振り向かないように・・・。 自分の弱さを知られたくなくて、誰も傷付けたくなくて・・・。 何も憶えていない過去を振り払いながら只、逃げ惑ってた。 でももう限界なんだ。あの時俺は、完全に我を忘れてあんたに襲い掛かってた。 幾らセフィロスに操られてたからって・・・俺、もう・・・」 そこまで一気に言ってしまうと、クラウドは再び俯いた。 「どうしたら良いのか・・・判らない・・・」 決めた。 彼女は、彼女自身の運命を受け入れる覚悟を決めたのだ。 クラウドはもう限界。救ってあげられるのは、私しかいない。 「・・・クラウド、何か持ってきてあげるね」 エアリスは立ち上がった。 もう二度と見ることは出来ないだろうその人の方を、一瞬振り返った。 自然と、涙が溢れてくる。 暗いから、きっと判らないだろう。 クラウドは俯いてベッドに座っているだけだ。 沈鬱な表情から、彼が今まで如何に無理をしてきたのか良く判った。 エアリスはドアに向き直った。 彼と、完全に訣別する為に・・・。 「さよなら」 エアリスは心の中でそう言い、一歩目を踏み出した。 手が掴まれた。 痛みを伴うほどに強く荒々しく彼女は後ろへ連れ戻された。 「く、クラウド!?」 いつの間にか立ち上がっていたクラウドは、自分のすぐ側までエアリスを引き寄せた。 「何処行くんだ?」 「ど、何処って、クラウドに何か持ってきてあげようと・・・」 「俺は頼んでないし、要らない」 「い、痛いよクラウド・・・」 「俺の見た夢は・・・」 「只の夢でしょ? ほんとに何か持ってきてあげようとしただけだってば!」 唐突にクラウドの力が緩んだ。 不意な出来事に、エアリスは逆に拍子抜けしてしまった。 「もういいよ」 「え?」 クラウドはじっとエアリスを見た。宝石に似た輝きが宿っている。 「無理するの、全部やめにしろよ。俺がなんにも判らないとでも思ってたのか?」 「・・・」 「そこまで抱え込む理由は何だ? あんたがセトラの末裔だからか? セフィロスを止められるのがあんただけだからか? それとも・・」 「ク、クラウド!!」 エアリスはたまらず割って入る。 「全部関係無いだろ!? あんたは・・・本当の『あんた』は何なんだよ!? 陳腐な肩書きや称号の無い、ありのままの『エアリス』は何処にいるんだ?」 エアリスの手首が、千切れるほどに痛む。クラウドが、又力を込め始めたのだ。 「それに何故俺に何も言ってくれない? どうして一人で抱え込もうとするんだ!! 俺がソルジャーだから? ザックスって奴じゃないからか? 俺が・・・オレガセフィロスノニンギョウダカラカ!?」 「お願い・・・クラウド、もう・・・やめて・・・」 しばらくの、沈黙。 「それに・・・まだ、言ってない事がある」 クラウドは口を開いた。先ほどまでの憤慨したような口調ではなく、哀愁すら感じる。 「え・・・?」 「だから・・・全部終ったら言うって、言ったろ?」 「あ!」 エアリスは思い出した。忘れていたわけではないが、今の今まで思いつかなかった。 「あんたは聞きたいのか?」 「・・・」 エアリスは恥ずかしげに頷く。 「じゃあ協力してくれ。エアリス。もう、嘘はつかないと約束出来るか?」 「嘘って・・・」 「勿論全部が嘘だなんて思ってない。でも何だか、あんたは俺に本心を打ち明けていない」 クラウドはちょっとここで言葉を切った。 「・・・そんな、気がする」 「でも・・・私はもうすぐ・・・」 「関係無いだろ」 エアリスの言葉を遮るかのようにクラウドは言った。 「古代種だろうがセトラだろうがスラムの花売りだろうが・・・俺には関係無い」 「・・・?」 言っている意味が良く判らない。 彼は一体どうしたのだろうか? 「前も言ったけど、俺は『エアリス』が・・・」 言葉に詰まる。 「『エアリス』に・・・『エアリス』を、えーと、『エアリス』・・・」 「どうしたの? クラウド・・・」 余りに様子のおかしいクラウドに、エアリスは泣くのも忘れて言った。 クラウドは黙っている。 「クラウ・・・」 唐突に巻き込まれた彼の腕の中で、彼女は言葉を失った。 逞しい腕がエアリスの華奢な身体を力強く包み込む。 「あ・・・っ」 エアリスは自分の身体の火照りに気付く。もう泣いているどころではない。 「俺は、古代種にもセトラにも・・・今の瞬間にはセフィロスにだって興味は無い。 今興味があるのは『エアリス』だけだ」 クラウドの腕の中でエアリスは今彼が言ったことを理解しようと必死になった。 興味? 関心? 関係無いとか興味無いって・・・今何を言おうとしてるの? 「だから・・・」 クラウドはじっとエアリスの眼を見る。大好きな蒼い瞳。今は見つめられるのが、 とても苦しくて痛い・・・クラウドの蒼い瞳。 心の中を見透かされるようでエアリスは思わず眼を閉じた。 「そんな悲しい眼をするのは・・・やめてくれ・・・」 クラウドの額とエアリスの額がキスする。 怖いのと恥ずかしいので、エアリスは眼を開けることが出来ない。 「く、くらうど・・・」 自分の声かどうかすら判らなくなっている。 鼓動が激しい。吐息が乱れる。ぎゅっと握った手には汗をかいているだろう。 全身が硬直するようだ。どうか彼に気付かれませんように・・・。 「守って・・・やりたいんだ」 彼は全てを判ってくれていた。 必死で隠してきたと思っていたエアリスの気持ちは、クラウドに殆ど見透かされていた。 恥ずかしさは確かに感じる。だがそれ以上に、エアリスは嬉しかった。 「約束したじゃないか。ボディガード、引き受けるって」 耳元で囁くクラウドの声が身体に染み渡る。 身体に力が入らない。 「あ・・・」 たまらず声を漏らしてしまった。 純白の頬が、見る見るうちに紅潮していく。 こんな感覚経験したことが無い。 痛みでも苦しみでも喜びでも怒りでもない。この感じは、何だろう? 勇気を振り絞り、エアリスは眼を開けた。 驚く程近くに、クラウドの顔がある。 整った顔立ち。綺麗な眼。大好きなチョコボ頭。 ・・・好き。 痛いほど好きな存在が、今自分を抱擁している。 そう考えるだけで失神しそうだった。 この人を残して行きたくない。この想いを置き去りにしたくない。 だが運運命は待ってくれないだろう。 今生の別れは、すぐそこまで迫っている。 また、涙が漏れる。 「エアリス、約束してくれ。もう黙って何処かに行かないでくれ。 もう俺に嘘をつかないでくれ。そうでなきゃ・・・」 クラウドは優しく微笑む。 「俺、エアリスを守ってやれないだろ?」 「・・・」 「返事は?」 「・・・うん」 エアリスの頬に再び一筋の涙が滑り落ちる。 しかし今度は以前の物とは違う・・・そんな感じの涙。 抱き合ったまま更にクラウドは言う。 「今度の報酬は何にしようかな?」 エアリスの顔に、遂にいつもの花のような笑顔が戻った。 クラウドの大好きなエアリスの笑顔だ。 エアリスは、腕を伸ばし、クラウドに巻き付ける。 精一杯抱き締めた。 満面の笑みを、しっかりと浮かべて。 「何がいい?」 「考えとくよ」 だがクラウドは知ることは無かった。 エアリスはこのとき、小さな小さな声である魔法を唱えたのだ。 それから数年経った現在でも、クラウドは自分に呪文が掛けられていたことには、 気付かなかった。 悲しいほどに優しく、痛いほどに強い女性が唱えた魔法は、普段、 魔物が唱えた同じ魔法には全くかからないクラウドに対して、驚く程すんなり効いた。 それはいかに彼がエアリスを信じていたかを証明する結果となった。 結局エアリスは、クラウドを愛するが故に、彼を裏切る形をとってしまったのだ。 「スリプル・・・」 何故眠いのか判らずに、クラウドはエアリスに絡ませていた腕の力を抜く。 どんどん眠くなってくる。自分でも信じられない。 「何だか・・・とっても眠い。疲れが・・・溜まってるのかなあ?」 「きっとそうだよ。眠って体力回復しなきゃね」 エアリスはクラウドをベッドまで案内した。 クラウドはベッドまで来ると、力尽きたように倒れた。 「エ・・・アリス・・・。約束・・・わす、れ・・・ないでくれ・・・」 エアリスは優しく笑った。 その眼にはもう隠すことが出来ないほど涙が溜まっていたが、 クラウドにはもう判らなかった。 「うん。何処にも行かない。ずっとクラウドの側にいる」 もう半分以上閉じた瞼をしたクラウドは、安心したように笑った。 「あ・・・り・・・が・・・と・・・う」 クラウドは深い深い眠りに堕ちた。 もう朝まで目覚めることはないだろう。 エアリスは改めてクラウドを見つめる。 穏やかな寝顔。安らかな寝顔。 「クラウド・・・私ね、ずっとずっと言いたかった。私、クラウドに・・・」 言いながら彼女は腰を屈め、クラウドに顔を近づける。 亜麻色の髪を掻きあげ、ネオグリーンの眼を細める。 「ザックスを重ねてた。酷いよね。そんなの・・・判ってたことなのに・・・。 クラウドはザックスじゃないって」 唇と唇の距離が狭まる。 寝息が聞こえるほどの距離。 「クラウドはクラウド。他の誰でもない。 私も・・・興味あるのはクラウドだけ・・・」 涙がこぼれた。 クラウドの顔に光の粒が弾ける。 「ありがと・・・クラウド」 柔らかな唇が重なる。漆黒の影が繋がる。二人の時が、止まった。 月が、全てを見ていた。 丁度満月の、いい夜だった。 だから・・・好きになりました。 いとしい気持ちを素直に言えず、このまま行く私を許して下さい。 すべて終ったら、きっと、会いに行きます。きっと会えます。 きのうの事は、忘れません。 だから、あなたもどうか忘れないで。 よぞらに浮かぶ星の中に、私はずっといます。ずっと・・・見守っています。 クラウド・・・。 FIN |
ワイティー
2001年11月02日(金) 23時42分27秒 公開 ■この作品の著作権はワイティーさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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この作品の感想です。 | ||
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感動しました〜!あっ涙が・・・ | うり | ■2001年12月28日(金) 23時34分07秒 |
2回目読んだんですけど、やっぱり良いですね〜エアリスのファンになってしまいそうです・・・長くてすみません! | ???? | ■2001年12月19日(水) 18時08分43秒 |
あぅ・・(泣)超カンド〜ですvv(涙) | ゆら | ■2001年12月17日(月) 16時39分30秒 |
いい話だなあと思ったです | ???? | ■2001年12月11日(火) 14時53分05秒 |
ラストの隠し(?)メッセージに気付いた人はすごい!!! | ワイティー | ■2001年11月05日(月) 21時31分38秒 |
感動しまりた。 | まりえ | ■2001年11月04日(日) 22時51分31秒 |
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